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今月のレッスン:「噛まないでー」

あーあ、忙しさにかまけてブログをほったらかしにして、ブログ君ゴメン

おとといは月一の師匠のレッスンでした。

このところのレッスンのテーマは「噛まない音」

そして、「噛まない音」はすなわち「でかい音」なのだ、裏板を鳴らす音がホールでは大きな音になるのだ、といつもの説明。

とにかくヴァイオリンの裏板を鳴らせ:::そのためには弦を出来るだけ、可能な限り真円で回しなさい、と言う事。

弦を真円で回せば縦振動が大きくなる、それが駒に伝わる、表板が鳴る、さらに魂柱に伝わり裏板が振動しでかい音になる。

ノイズの多いいわゆる「噛ませた音」は近くではいかにも「でかい音」に聞こえるが、それは大いなる誤解。

弓圧をかければ「噛ませた音」になる。それは弦が弓圧によって楕円の軌道を描く。それは真円に比べると縦振動が小さいので、その分裏板が鳴らないことになり、ホールでは響きの少ない小さな音になってしまう。

そして今回はいつもとは少しアプローチを変えてのレッスン、またの名を「追い込み」が始まった。

「さて、ノイズの無い音はどうやったら出ますか?」

「弓が弦に触らなければ、ノイズは出ません」(笑い)

「さあスタートはそこからです。次第に弓を弦に近づけて音を出します」

「そう、スルタッソ状態から半歩、ほんの少し入ったところで弾けばフォルテッシモが出ます」

「離れた所で聞いてみてください」:::弟子は部屋の端っこへ移動。

凄い、響きの付いた豊かな音が教室ほどの大きさの部屋を充たしている。

「噛まない豊かな音」が獲得できたら、左手と右手のシンクロとイメージ通りに音の形を表現するレッスン。

3ミリのボーイングでアクセントの付いたイメージ通りの音を出せと言う、いや、おっしゃる。

3センチでも結構少ないボーイングなのに3ミリなどとは弾いたことなど無い。

「10センチも3ミリも同じ量の情報量が存在するように」

「一昔前のワープロのようなドット数ではダメ、ドット数を目一杯増やすように」

もう、この辺りで僕の脳から煙が出ました。




09

25

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旅のチカラ:::葉加瀬太郎

アイルランドにはテレビなんかないんじゃないの? :::と思わせたテレビ番組でした。

もちろんテレビはあるだろうし、コンビニもあるだろうしひょっとしてカラオケもあるかもしれない。

でもそれらすべて、現代社会を「便利」にしているなんとなく「鬱陶しい物」たちから遠く離れた「ネイティブな生活」がアイルランドには、まだまだあるのではないだろうか。

9月22日だったと思う。旅のチカラ「バイオリンは歌う、フィドルは踊る、葉加瀬太郎」(再放送)は心に残るいい番組だった。

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葉加瀬はCDで聴き心を動かされたフィドル奏者マーチン・ヘイズ氏を訪ねる。

葉加瀬が「何か一曲を」と切り出すとヘイズさんは「ザ・ブロークン・プレッジ」という曲の一節を。

葉加瀬は「僕を泣かせないで」と感涙。お返しにと葉加瀬が有名な「サリー・ガーデン」を弾きだすとヘイズさんが後を追う:::が全く違う音楽が同時並列に進行。

葉加瀬のアプローチとヘイズのアプローチが正反対。あの葉加瀬の音楽がアカデミックに聞こえてしまう。アカデミックとネイティブの扉が開かれて部屋の真ん中で出会っているみたい。

ご覧のとおりヘイズさんの奏法は決しておすすめできません、特に左手は悪い見本の典型。面倒くさい肩当てを取り払って左手で楽器を支えているとこのような奏法に。でも、そんなこと伝統音楽の世界では何ら問題ありません。

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二人が軽いセッションをしていると部屋に家族がどんどん集まってくる。

中学生みたいな女の子がフィドルを弾きだす、小学生の男の子がティンホイッスルを吹きだす。

極めつけはヘイズさんの妹の唄。(歌ではない唄なのだ)これぞ本物のアメイジングヴォイスかもしれない。

「マイ・ボニー・ブルーアイド・ラジー」という悲しい曲をネイティブアイルランドの節回しで唄う。

葉加瀬はさらに感涙にむせび、再び「僕を泣かせないで下さい」と。僕もあわや落涙。染み入るー!

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いろんな素敵なシーンがありましたが、このシーン僕にとってはこれが最高の山場でした。

葉加瀬はヘイズさんの古くからの友人で有名なケニーバンドのフィドラー、マーク・ドレリンさんにインタビュー「あなたにとって音楽とは?」:::よくある陳腐な質問。

広い彼の農場でフィドラーが語る「僕は音楽を考えたことなどない。音楽は毎日の生活が反映されるもの。僕にとって仕事と音楽はうまくミックスしている。すばらしい演奏の場は与えられているがそこから現実の生活に戻る時が僕は好きだ。」

最高の含蓄のある言葉だ。生活と音楽のバランスがとれている人ならではの哲学的でわかりやすいメッセージ。

アイルランドは一度は行かねばなるまい。

07

24

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今月のレッスン

22日は月一回の師匠のレッスンでした。

今回も刺激的でキツイ内容でした。

①演奏の時は聴衆をどちらの方向に導くのか。
  普段の練習から超越した存在を意識し聴衆におもねることがないように。

②空間が形成されているか
  音自体が響きを充分に持つようにする、さらに存在感と空間性を獲得するように。 (返ってくる音を聴く癖をつけなきゃ)

③骨や関節を鳴らせ
  体をリラックスさせ体全体を鳴らすように。関節を緩ませ骨を響かせる。

④柔らかさは肩甲骨から 
  特に弦楽器は上下前後左右に腕が自由に動くように。
  予備運動::腕を真上に上げて(この動作が意外と難しい)棒のように上下に動かす。

⑤左手はカエルの舌のように指板を叩く
   左手でピチカートをするように弦にテンションをかける。
 叩いた後は力を抜く。指板を打つ音が乾いた美しい音になるように。
  (僕の場合、そこそこ音は出るようになったのですが、音はボコボコ言います)

⑥得意技を無くせ  
全ての技術を等身大に設定して自分の回りの等距離に置いておく。
  つまりチャンネル(技術)をより多く獲得し、少ない技術(得意技)に頼る事無く、その音楽に相応しい技術  
  がいつでもどこからでも簡単に取り出せるように。

というようなレッスンが展開し、一応用意していったヘンデルまでたどり着かないキビシイ2時間弱でした。

06

18

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目指す音程の音が出ない!!

昨日は大先生のレッスン日。

最近ずっと言われていること::: 出そうとする音が実はしっかり出ていない。

まあこの事実を突きつけられて、僕の繊細な心にとってこれほどショッキングなことはない。

僕の音はオケの中でもひと際でかくてやかましいほどなのに。

原因は主に左手のタッチにあるのだが

昨日はG線のAの音をボーイングとピチカートの2種類でビブラートをかけながらの練習。

ビブラートは響きを消したり制御したりするビブラートと響きを残すビブラートがある、という。

また新しいことを聞かされた。

その響きを残すビブラートをピチカートで3秒から4秒残すよう練習。

3秒弱で消えてしまう。むむう。

ボーイングで弾いてもらうとAの音にぐんぐんビブラートがかかっているのが分かる。

自分の音は全体にビブラートらしきものはかかっているが明確なAが聴こえてこないのが分かってしまう。

そうか、これなのか:::::

ちなみに大先生はチェロ奏者なので、僕のヴァイオリンをチェロ弾きしてくれる。つまり、僕がヴァイオリンを構えたまま向こうから僕のヴァイオリンを弾いてくれるので、違いが如実に分かってしまう。:::のだ。

ありがたや、ありがたや。(守屋浩が歌ったそんな曲があったな)

05

26

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諏訪内のショスタコーヴィチ

またまた、ショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲第一番の話ですが。

僕のお弟子さんとその話をしていて、諏訪内晶子のビデオ持ってるという話になった。

僕もかなり古い記憶を紐解いて、そうだよ、それ昔見た事あるよ、と記憶がよみがえった。

早速持ってきてもらって鑑賞。

諏訪内晶子がチャイコフスキーコンクールで優勝した直後の演奏。

彼女がまだ桐朋の学生の頃の映像で髪は長すぎる位長いし、顔はまるまるで健康そうだし、にきびまでポツポツ。

でも、演奏は凄い。

二十歳前半の女性ソリストの勢いは恐ろしいものがある。

この難曲をいとも簡単に普通に弾き切ってしまっているのもあ然とするが、彼女の肝の据わり方がやはりただ者ではない。聴衆を引きこんでいくオーラがメラメラ。

最近の彼女の演奏は見ていないがちょっと前の彼女は知っている。
しかるに、この時代の圧倒的な存在感は特別な感じがする。

チャイコフスキーコンクールの栄冠を引っさらっていったのもなるほどとうなづける。

浅田真央がシニアの大会に殴りこみをかけたイケイケの時を彷彿とさせる凄さですな。

でも、音楽家なんて50歳過ぎてなんぼのもんでしょ。

諏訪内さんもこれからの人と期待したいです。



05

22

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二つの大問題があったのだ

先週の金曜日は例によって大先生のレッスンの日。

今回は先程の研究発表会の録音と録画を聞きながら反省。さらに、二回目を聞きながら講評と説明を受ける。

へえーっ、俺のヴァイオリンってホールではこんな音がするのかあ。

そんなに悪くないけど、音色が高音の方に偏っている感じだなあ。自分では結構太い音だと思っていたのに。

「実際こんな音に聴こえるんですか?録音のせいでは?」
    「いや、この通りです」 
 ※ 客席に届く音色の問題

楽譜に記載されている音をホールに響かせることは至難の業。(つまり出そうとする音が響きを伴って鳴っていない):::左手のタッチが成立していないので倍音系の音に支配されている。

カシャカシャ、グシャグシャに聴こえる箇所は弓圧をかけ過ぎで鳴っていない。(つまり、弦の回転がいびつになり、これも倍音系の音が多くなる)

時々音が広がりホールに残響が残る。:::この瞬間タッチが成立していて楽譜通りの音が響きを伴って鳴っているとのこと。「なるほどなるほど。残響が残る音を出さなければいけないのか」:::そこから僕の耳の焦点が変わった。

普段練習する場所によってその人の耳が育っていく。:::残響が聞き取れない練習室で練習すれば倍音系主体の音で音楽を形作る悪癖になって行く。:::時々は大きな部屋を借りて残響を聞く練習をしなければいけない。

「曲想が変わる所で場面転換が不十分だなあ」「休止符の後の入りが曖昧、無神経、いい加減だなあ」    「実は二つとも同じ原因から来ています」
※ 音楽を創り上げていくアプローチの根本的誤り

僕がお弟子さんにいつも指摘していること:::楽譜の音を羅列するのではなく、活き活きと音楽が持っている躍動感を表現する:::そのアプローチが出来ていなかった。

特にバロック音楽は内在する音の運動を楽譜から読み込んでいくことが重要。
音の運動がテンポを決めるのであって、メトロノーム的テンポに音楽を嵌め込んでいくことの愚を犯してしまった。

テンポ感とはつまりビート感まで表現しないといけない。同じテンポでもビートは様々に存在する。

ヘンデルの急い楽章は清潔で高貴でシャープなビート感が要求されるが、泥田に足を取られるような誠にゆるいビート感であった。

オケの練習でも「縦の線を合わせる練習なんて意味ないじゃん」と言っていた自分が、実は音の運動という視点から音楽にアプローチすることが徹底されていなかった。音楽は常に中側から創り上げなければいけないのだがそれを外側からやっていた。


この大きな二つの問題が明らかにされたのだから今後の僕は凄まじく変容しなければいけない。

04

30

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研究発表会

4月17日は師匠の弟子たちの祭典、研究発表会が箕面グリーンホールでありました。

僕は経費節減のため行きは高速バスを使いました。でも僕の隣は空席ですこぶる快適でした。

他の福井の弟子4名はJRサンダーバードで颯爽と着くはずでしたが、湖西線での人身事故のために2時間近く遅れてしまいました。

遅れが2時間以内で払い戻しも無く:::。

今回、僕が目標としたことは、いかにピアノ伴奏の音を良く聴き対話出来るか。
そして、右手と左手の改造が本番でどこまで出来るか:::でした。

その目標はある程度達成できたのではないかと思っています。

反省は3楽章を少しナメていた事:::本番はピアノ伴奏を聴き過ぎて逆にズレズレになってしまいました。

それから練習量ですが、1週間前の練習量をせめて2週間前から始めないといけないな、と反省しております。

今回の研究発表会は参加者がいつもの半数近くでしたが、それぞれの演奏が着実に進歩していて、完全に曲を楽しめる、聴いていて想像が広がる演奏が幾つもありました。

音楽をやるのだったら、やはりこのレベルまで来なきゃいかんな:::と感じた次第であります。

ということで、いよいよオケの6月定演に向けてテンション上げますよ。



プロフィール

漂泊のオケマン

Author:漂泊のオケマン
15歳よりフルート、

25歳よりオーボエ、

40歳よりヴァイオリンを始める。

現在は福井交響楽団ヴァイオリン奏者。

2003年、民族楽器アンサンブル「豪音」を結成。

2009年、「福井バロックノーツ」を結成。

幼稚園、学校、施設での音楽講座、コンサートを活発に行っている。

子どものヴァイオリン教室・大人のヴァイオリン教室を福井市宝永の自宅と勝山ニューホテルで開いている。

見学・体験レッスンもOK。

詳しくはNスタジオヴァイオリン教室ホームページまでどうぞ

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